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| 心を救う |
父が治療の為ではないと知りつつ、あれほど嫌がっていた開腹手術をしてくれる決心をしてくれました。 家族、親戚、全員の気持ちが一つになっての事・・・なのですが、私には迷いが有りました。 「父は家族に気を使って決めたのではないか?」 「父自身に「絶対治す!」と言う気持ちが余り無いのでは無いか?」 手術を受ける事は「前向き」で希望通りな事ですが、腹膜播腫を調べていて解った事は「「絶対諦めない!!」と言う本人、家族の気持ちです。 「このまま手術を受け、腹膜播腫だった時、父は後悔するのではないか?」 「手術をする事で、元気で居られる大事な時間を奪ってしまうのでは無いか?」 特発性後腹膜繊維症への希望を掛けた手術ですが、私の中ではその可能性は僅かな物・・・と思ってました。 SS先生とも話しましたが、今回の手術は「病名を確定させる為」だけではなく、「原発を特定させる為」の手術でも有りました。 S総合病院でも「悪性の腫瘍」、K癌センターでは「腹膜播腫」と既に診断されています。 更に「小腸カルチノイド」「特発性後腹膜繊維症」と言う病気自体大変珍しく、1万〜10万分の1の発症率との事でした。 私にとっては「腹膜播腫」だけで精一杯だったのに、更に「特異疾患」とも言える病名が二つも増えた訳です。 父の気持ちにも悩みましたが、どの結果が出ても対応出来るよう、私自身やら無ければならない事が爆発的に増えてしまったのです。 毎日のように調べては電話、メモには情報が溜まって行く一方でした。 そして、K癌センターへ「手術を受けます」と告げに行き、その次の「手術に関しての説明」でまたも問題が起こります。 やっとの思いで手術を決意した父へ、SS先生は「危険」「亡くなる可能性が有る」「意味の無い手術になるかも知れない」を連発したのです。 確かに3度目の開腹手術には危険が伴います。しかし・・・「何でここまで?」と不思議に思う位の説明内容でした。 流石に私も「先生、デメリットはもう解りましたから、もっと父が安心出来る事も言って頂けませんか?」とお願いしました。 ・・・が、「危険な手術だと言う事を解って頂ければ良いです」の返事です。そして「では、同意書にサインを・・・」と。 手術は約10日位先の予定でした。2月26日に事前入院、28日に手術です。 しかし・・・その手術までの約10日間、父を含め家族全員苦しみ悩む事になります。 先ほど私が書いた「本当にこれで良いのか?」の思いが、家族中に広がっていたのです。 特に父は「俺は何の為に手術するんだ?珍しい病気かも知れないから実験台なのか?」と憤慨していました。 勿論家族もその時はSS先生に対して「怒り」を感じていました。何故?生きる望みを持って手術する気になった患者へ、生きる希望を無くすような事を言うのか? 正直、唯一の希望はY先生しか居ませんでした。「手術の前に、是非名医と呼ばれる先生の診断を受けたい!」それだけでした。 私は父の不安を身に染みて感じてましたから、せめてY先生ではなくても「名医」と呼ばれる先生に見て貰えないか?・・・と、情報を集め調べていました。 すると、専門は癌では有りませんが、県内の病院に腹腔鏡手術の名医と呼ばれる先生が居る事を知りました。 「もしかしたら開腹しなくても腹腔鏡手術が可能かも?それに違う意見も聞けるかも知れない」 父からも「SS先生に任せるのは不安が有る」と言われたので、その時思い切って「県内に名医と言われる先生が居るので、そこでセカンドオペニオンを受けてみてはどうか?」と切り出しました。 その頃はもう入院まで5〜6日しかなく、土日を挟んでいたので可也急な話でした。 直ぐに予約センターへ連絡し、それまでの過程や26日に入院する事を詳しく説明しました。 ここまで来ると、もう「如何に父を安心させるか」が問題になって来ます。多分結果が同じでも、その後の父の心構えが違ってくると思っていました。 腹腔鏡手術の名医が居ると言うK総合病院では、先生が直に承諾をくれたそうで、入院日の前日、25日に診察をしてくれると言う事になりました。 予約が一杯で忙しいと言うのに・・・感謝の気持ちで一杯でした。 そして、その後診察を受ける予定だったY先生。テレビ出演しているのなら、これもいつか父に見せておきたい・・・と、Y先生のビデオを持っていそうな方を見付けて連絡を取っておこうと思いました。 これが私にとって「心の救い」になるとは夢にも思わず、以前からチェックしていた「ひろりんさんブログ」へ簡単な状況説明と、ビデオが有ったらコピーをお願いします・・・とメールをしたのです。 そしてK癌センターへの「セカンドオペニオンの申し出」には私一人で行き、家族から「言いたい事は言っても良い」と承諾を得ていたので、家族の気持ちを全て言わせて頂きました。 長くなるので省略しますが、「SS先生は諦めていますけど、私達家族、本人は諦めていません!先生の説明や話し方からは「一緒に頑張って治しましょう」と言う気持ちは全く伝わって来ませんでした。どうしてこんな直前にセカンドオペニオンの話が出たのか?よく考えて下さい」・・・と。 SS先生は「私も反省する部分が有ります」と素直に認め、必要なデータを直ぐに用意してくれました。(それでも幾分不服そうでしたが そして忘れもしない21日の夜。K総合病院は25日、K癌センター入院日は26日です。更に23、24日は土日。 ひろりんさんから信じられない「ビデオは送りますけど、手術日の前にY先生に受診された方が良いのでは?良ければ予定入れますけど・・」の返事が来たのです!! メールが届いたのは既に夜中の12時近かったのですが、もう日にちが有りません。メールでは埒が開かないと思い、「今メールが来たのだから、起きてるかも?」と直ぐに電話をしました。 何だかんだで話せたのは12時半頃、メールで書き切れなかった詳しい事、25日と26日の予定の事、もう日にちが無い事を聞いて頂きました。 すると「そんな物どうにでもなりますわ!23日の土曜日はどうですか?」と、兎に角凄く明るいんです。 腹膜播腫を調べていれば、ひろりんさんのサイトは必ず行き着きます。私もブログを読んでましたので、どれだけひろりんさんが辛い立場に有ったかは知っていました。 ひろりんさんの電話対応、そしてその内容・・・それまでのネガティブナ考え、不安、心配・・・すっ飛びました。 「資料はK総合病院へ持って行く物をそのまま持って行けば良いですよ〜。その後K総合病院へ知らない顔して行けば良いんですよ〜。封筒が開いてたって、紹介状が無くたって気にしない!」 神様、Y先生!女神様、ひろりんさん!・・・・と言う感じでした。 そして次の日、急な話ですが「明日○○県まで俺一人で行って来る」と両親へ話しました。 まさか父はこない(遠いし、電車だし、お金掛かるし、初めて言うY先生の話だし)と思ってましたが、意外にも「俺も行く!」と乗り気でした。 やはり患者本人ですから、私以上に不安を持っていたのでしょう。朝5時に起きて6時の始発に乗る・・・何て、父には考えられない行動ですから・・・。 腹膜播腫だったら父の命をお任せすると決めていたY先生。他の病院で拒否された患者さんを治療して下さるY先生。 その先生に手術前に会え、診察をして頂き「全然簡単な手術ですよ!こんなもん誰でも出来る!3回目なら逆に慣れた物でしょ?お父さん!!」と肩を叩かれました。 勿論検査や診察までして頂き、「大きい病院じゃ規則がうるさくて・・町医者だから自由に出来るんですよ!」と笑っておられました。 そこで「なんで腹膜播腫の診断が出たんだろう?どうも釈然としない?これは手術して早くハッキリさせた方が良い。K総合病院のセカンドオペニオン?腹腔鏡手術では細胞採取は無理。こことここが癒着してるでしょ」と、スパスパと意見が出ます。 何しろ人柄が良く、父も母も私も話を聞けば聞くほど安心させられたのです。そして「結果が出たら連絡して下さい。腹膜播腫なら私が見ますよ」・・・と。 このY先生とひろりんさんのお陰で、家族全員が安心して手術を受け、どんな結果でも前向きに進もう!と心を救われたのでした。 私に到っては、自分でも「精神的にもう限界に近いのでは?」と感じ始めていたので、本当にひろりんさん、Y先生には心から感謝しております。 その後K総合病院へは「予約キャンセル」の電話をし、予定通りK癌センターでの「試験開腹術」を受ける事になります。 |
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