大腸癌/腸閉塞から・・・/癌告知/癌専門病院へ/余命宣告/腹膜播腫/息子として出来る事/父への告知/父への告知2/心を救う/試験開腹術/奇跡的な結果
HOME
| 試験開腹術 |
K癌センターへはK総合病院へ行かなかった事、Y先生に診断を受けた事は言いませんでした。 これは「K癌センターでして貰うのはこの開腹術が最後になる」と確信していたからです。開腹術さえ終われば後は他の病院へ移る訳ですから、余計な事は言わない方が良いと家族で話して決めました。 実際SS先生も気難しい人だったので、もう言いたい事は言った事だし、これ以上は辞めておこう・・・と。 入院した日、偶然病院の廊下でSS先生とすれ違いました。私が近付きお辞儀をすると・・・「やっぱり入院しましたね」と足も止めず通り過ぎて行きました。 今までならそれさえも不満に感じたんでしょうが、Y先生との事で大分余裕が生まれました。 と言っても、楽観的な状況では有りません。開腹して「何も解らなかった」と言う事も有り得ます。 一番怖かったのは「お腹を開いたら腹膜中に癌細胞がびっしりで、手も付けずに閉じてしまう」事でした。 勿論良い結果にも期待はしましたが、ここまで来てそんな奇跡的な確率に頼る訳にも行きません。 全ての検査結果で「癌」と診断されていますし、何しろ「腹膜播腫」「余命宣告」まで受けていますので・・・。 地元から離れているので、本来は付き添い要らずの完全看護なんですが、父は今まで一人で出掛けた事が無い人間です。 ちょっと出掛ける時も、今まで入院した時も、いつも母を付き添わせていました。そして何より、遠く離れたK癌センターへ父を一人置き去りにする事にとても抵抗が有りました。 実は看護士の態度にも不満を感じ、少々遣り合ったのですが・・・それは割愛しておきます。 兎に角、使っていない部屋に泊まらせて貰う・・・と言う事で、母は病院に残る事になりました。 何度も通ったK癌センターですが、父と母を病室に残し、帰る時は辛い物が有りました。両親共難しい事が解らない田舎物です(自分もですが)。 私が居ない間、看護士や先生に言いたい事が言えるだろうか?言われた事が出来るだろうか? 手術の心配と「2人で大丈夫か?」の心配が入り混じり、病室を出る時と、独りっきりの帰りの車の中では言い表せない気持ちで一杯だったのを覚えています。 28日は平日でしたが、兄も仕事を休み家族全員で待合室へ向かいました。手術前に僅かですが父と話が出来、他愛も無い話をしました。 Y先生には「簡単で誰にでも出来る手術」と太鼓判を押されてはいましたが、執刀医であるSS先生には全く逆の説明を受けてます。 内心「もしかしたらこのまま・・・」と言う思いも有りました。開腹手術ですから、何が起こるか解りませんので。 当初の予定は3時間でしたが、実際は5時間掛かりました。術後説明の為家族全員呼ばれました。 部屋には既に先生が座っており、切除されたと思われる小腸の一部が置いて有りました。 SS先生の説明は、 「可也癒着が酷く、15cmmの開腹ではお腹が開きませんでした。ですから以前の手術痕(約25cmm)全て開腹しました。臍の裏に白い塊が有り、癌かと思い切除し、直ぐに検査に出しましたがそれは脂肪が壊死して出来た物で癌では有りませんでした。以前の腸閉塞の原因と思われる小腸部分は、捻じれたまま癒着しており、切除した物がここに有ります。兎に角お腹の中は癒着が酷く、臓器の間に手を入れようとしても入りませんでした。腹膜下部になる腫瑠の細胞は採取出来ましたが、上部に有る腫瑠は臓器癒着の為見る事も出来ませんでした。これほど癒着が激しい患者は稀です。癒着の原因が炎症による物だとすれば、腫瑠も炎症が原因かも知れません。」 勿論録音した訳ではないので、要約するとそう言った事でした。私は腹膜の状況が気になっていたので、 「腹膜に転移らしき物は他に見れましたか?」と聞いてみました。そう言うケースが有る事は、ネットで随分読まされていたので。 しかし、幸い「目で見る限り認められませんでした。しかし、癌細胞と言うのは目で見れなくても存在する物ですから」の答えです。 勿論目でも検査でも発見出来ない物が有るのは承知していましたが、最悪の状態ではなかった事にとりあえずホッとしました。 後は採取した細胞を生検し、癌なのか?癌なら原発は何処か?癌でなければ何が原因の病気(腫瑠)なのか?結果を待つだけです。 最後に「手術は成功したんですね?」の問いに「はい、成功です」の答え。 「酷い癒着」「臍の裏の塊」「捻じれて癒着していた小腸の切除」は予定外でしたが、目的の細胞採取も出来て、まず一安心出来ました。 その間もひろりんさんへは「結果が出たら直ぐにお知らせします」と報告のメールをし、親戚中にも連絡をして、術後の経過と検査結果を待つ事になります。 説明では「退院は1週間程度」「検査結果は1週間から10日程度」との事でした。 勿論その間も、私は考えられる病名の情報収集、治療費の準備、・・・etc、仕事をしながらも遣る事は山のようでした。 |
大腸癌/腸閉塞から・・・/癌告知/癌専門病院へ/余命宣告/腹膜播腫/息子として出来る事/父への告知/父への告知2/心を救う/試験開腹術/奇跡的な結果
HOME