大腸癌/腸閉塞から・・・/癌告知/癌専門病院へ/余命宣告/腹膜播腫/息子として出来る事/父への告知/父への告知2/心を救う/試験開腹術/奇跡的な結果
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| 奇跡的な結果 |
術後の父は思ったよりも回復が早く、術後先生から説明があった直ぐ後にも話せる状態でした。 以前の大腸癌の手術の時とは比べ物になりません。その点はやはり「癌専門医」だと言う事なのでしょう。 術後回復が好調なら、問題は検査の結果となります。「腹膜播腫」「小腸カルチノイド」「特発性後腹膜繊維症」一体どの結果になるのか? 正直順番に「末期」「中期」「薬で治る病気(稀な疾患だが)」です。結果が出るまで悩み苦しむ・・・と思いましたが、実際は手術が成功するまでと比べると、何故か?気は幾分楽でした。 ただ、結果は1週間から10日と言う話だったのが、いつのまにか3月21日(SS先生の外来日)になってしまった事は解せませんでした。 もし癌であるなら、進行を考えると「一刻を争う」のではないでしょうか?Y先生にもなるべく早く結果を聞いて頂きたいと思ってました。 K癌センターの相談室へその疑問を告げましたが、「先生へ直に話して下さい」との事でした。その時に「もし一刻を争う状態だと解れば、その前に連絡をくれますよね?」とも確認しましたが、「多分そうだと思いますが、それも先生へ直に聞いた方が良いと思います」の答えでした。 SS先生へ連絡を取るつもりでしたが、退院して家でホッとしている父を見ていると、「これから辛い事が続くかも知れない。少しの間はノンビリさせておきたい」と思うようになりました。 結局3月21日までこちらからは催促せず、ノンビリと家族だけの時間を楽しむ事にしたのです。 その間も私の忙しさは変わりません。「腹膜播腫」に備えての準備(この頃は主に資金集め)に翻弄してました。 そして・・・・運命の3月21日。K癌センターへ父、母、私、3人で結果を聞きに向かいました。 私は今までの事を考え「解らなかった」が一番可能性のある答えだと思っていました。次いで「腹膜播腫」「小腸カルチノイド」「特発性後腹膜繊維症」の順です。 しかし、SS先生はハッキリと「病名が解りました。腸間膜脂肪織炎です。これは脂肪が原因の・・・」と、腸間膜脂肪織炎の説明を始めたのです! 私は「癌じゃないのですか?これはハッキリと解った結果ですか?」と確認をしました。とても信じられなかったのです。 勿論夢ではなく「はい、癌では有りませんでした。資料も揃えましたので、地元のS総合病院で調べて貰って下さい」と言う返事でした。 腸間膜脂肪織炎は非常に稀な病気で、提出されている症例だけ見ると2005年まで68件しか確認されていません。 人間の内臓や血管殆ど全てに「脂肪」は存在します。その脂肪がドンドン厚くなり、表面側から炎症を起こしていきます。 その炎症部分が進行すると「繊維症」になるのですが、父の場合は繊維化は見られなかったようです。 つまり、「余命3〜4ヶ月」「腹膜播腫」から「腸間膜脂肪織炎」・・・癌でも無く、直ぐに命に危険がある病気でもなかったのです。 両親と一緒に聞いた結果でしたが、私は一人泣いていました。嬉し泣きですから、今度は堂々と皆の前で泣きました。 症例数を考えると、約100万分の1の確率です。宝くじが当たったような物です。 ひろりんさんとY先生に連絡を取り、今もなお父は腸間膜脂肪織炎の治療を模索しています。 PET検査で「癌、治療法無し」と言われてから約3ヶ月。たった3ヶ月でしたが、私は「腹膜播腫、癌」の現状と、今も治療法が見付からず苦しんでいる患者さん達がいる事を知ったのでした。 |
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