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腸閉塞から・・・

大腸癌切除から3年目の「異常無しの結果」は10月でした。その僅か一ヵ月後、父が体の異常を訴え始めます。

腹が張る感覚が続き、便の調子も良くない様子でした。病院へ運ばれる丁度1日前、トイレから出てくる父と出っくわし「明日病院へ行った方が良い」と忠告しました。

・・・・どう見ても痛みを我慢しているのが解ったからです。普段から我慢しがちな父だったので、この時も「多分行かないで我慢してしまうのでは?」と思いました。

すこし話はずれますが、その頃私はいつも飲み歩いており、しかも薬中毒でした。睡眠薬や安定剤を入手し、アルコールで飲んではハイな状態を楽しんでいたのです。

朝まで飲むのは勿論、昼過ぎまでのみ続ける事もシバシバでした。忠告した次の日も・・・自分の部屋でハイになってたのです。

その夜も兄に「もう薬は辞めろ!!」と言われ、訳が解らない状態のまま寝てしまったのです。

そして・・・・朝5時頃トイレに起きると、兄が玄関から入って来たのです。私はてっきり「朝帰り」と思ったのですが、その答えは全く違った物でした。

「親父が明け方苦しみ出して、たった今病院へ連れて行った」と。


私も兄も最近の父の異常には気付いてました。母からも様子は聞かされていたので「きっと腸捻転か?腸閉塞では?」と仕事中に話していました。

仕事帰りに病院へ行こうかと思いましたが、母から連絡が有り「腸閉塞でもう痛みは取れた。念の為に検査入院する」と言われ、2〜3日の入院なら・・・と言う事で、病院へは行かない事になりました。

点滴をしたら直ぐ治ったと言う父でしたが、退院後直ぐにまた痛みを訴え、再度病院へ行く事になります。

初めの腸閉塞の痛みが可也強烈だったらしく、2回目は苦しむ前に病院へ行きました。2度目は入院はせず、点滴をしてその日に帰って来ました。

私としては「腸閉塞には原因が有る。点滴は痛み止めで根本的な治療はしていない」と思いました。

その心配を裏付けるように、入院中に行った検査結果が出た時「A総合病院でPET検査を受けて欲しい」と担当医から指示を受けたのです。

勿論「PET検査」なんてその頃の私には解りません。ただ病院からは「放射線を使った1日掛かる検査」と聞かされていました。

「放射線」・・・・これが素人にはショックだったのです。しかも1日掛りと聞いては心配です。私も兄も仕事を休み、家族全員でA総合病院へ行く事にしました。

その頃から私は父が「癌ではないか?」と思い始め、ネットでPET検査の事を調べ始めました。そして大腸癌の再発に付いても調べるようになったのです。

ただ・・・・その事を父に伝えるべきか?それが問題でした。「検査結果が出てから考えれば良い」・・・と思ったんですが、そうは行きませんでした。

A総合病院で待たされている間、PETに関するパンフレットが何種類も置いてあるのです。勿論父もそれを見てしまいました。

「こんなにハッキリ書かなくてもいいだろう!!」と思われるパンフレット。「癌」「悪性腫瘍」の言葉がびっしりです。

検査を待っている間、パンフレットを見ていた父が私に話し掛けて来ました。「おい、おまえの痔もこの検査で解るみたいだぞ」・・・・と?

何と!父は「癌」の字を「痔」と勘違いしていたのです。勿論笑ってしまいましたが、どうせ読み続けていれば解る事です。

「それは痔じゃなくて・・・・癌って書いてあるんだよ」・・・と、笑いながらも良いずらい言葉でした。父は笑っていましたが、心の内は穏やかではなかったと思います。

そして検査が始まり、「長かったけど痛くも何とも無い簡単な検査だった」と、痛みがなかった事を喜んだ父が検査室から帰って来たのでした。

その頃には家族全員「これは癌の検査だ」と解っており、ただただ良い結果が出る事を祈るだけしか出来なかったのです。


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